700.猫派と犬派

佐伯×木更津(淳)


───関東某所。
 
家から電車で15駅、うち乗り換え2回。
結構な距離がある此処の居酒屋に今、僕は居る。
 
「今日は何の用なの?…こんなとこまで呼び出したからには、交通費払ってもらうからね」
 
自分を呼び出した相手を見つけると、その相変わらずの脳天気さに腹が立ち言い放つ。
その感情は顔にも現れたようで、眉間にしわが寄るのが分かる。が、相手は掴み所無い笑いを浮かべて立っていた。
 
「やぁ、淳。まさか本当に来るなんて…」
 
意外だと言うかのように、軽く頬を掻いて言う相手の姿。
律義に来てやった僕は笑い者か?
 
「来ると思ってなかった、って言いたいの?」
 
相手をジッと睨む。
予定を放って来たにも関わらず、冗談だったでは済まされないし済まさない。
 
「いやいや、来てくれると思ってたよ」
 
悪びれず笑い言う相手は佐伯虎次郎、小さい頃からの仲間。
僕が中学から東京で過ごしたために離れたが、社会人になった今でも時々交流を持っていた。
双子の兄には『腐れ縁は切った方がいいぞ?』などと言われるものの、お互い趣味が一致することもあり友人として仲良くやっている次第である。
 
「どうせ、明日からの連休が暇なんでしょ?お互いサラリーマンだから、盆暮れ正月は暇になるよね。まあサエはキャリア組のエリートさんだけど」
「はは、まあ奢るから付き合ってよ…いいだろ?淳」
 
一応こちらにお伺いをたてるサエを見てつい笑う。
どのみち有無を言わさず連れていかれるし、僕の答は決まっているわけで。
なにせ僕はサエの事を、前から好きだと思っているから。野暮だから今更言わないでいるけれど。
 
そして適当な店へと入り、二人で飲み始める。
 
「結構イケるクチだよね、サエは」
 
言いながら僕は、カクテルを次々に注文し飲み干していく。
奢りだからって飲み過ぎだと言うサエの言葉は無視。
 
「にしてもさぁ…サエ、僕以外に誘うヤツいないの?」
「いいじゃないか、別に。淳だと飲んでて楽しいからさ」
「都合いいんだから…くすくす」
 
酔いが回ったか、陽気な気分になってくる。
会話も弾み、お決まりの上司への愚痴なんかも飛び出す。
しかし都合いいのはサエではなく僕だ。
サエは職場でも上の役職、エリート組…僕とは何もかもが違う立場にいる。
それ故に忙しく、会える日は少ない。
だからこそ呼ばれれば駆け付ける。まるで犬だ…そう思うたびに嫌気は射すが。
 
「淳ってさ、犬みたいだな」
「は…!?」
 
心を読まれたかのようなタイミングに慌てる。
しかし、サエは以前猫派だと自分で言っていたはず。
犬のようだと言われると、まるで僕は好みで無いと言われているようで気分が沈む。
そしてテンションが下がるのに反比例し、酒を飲むペースは上がる。
 
「おいおい淳。飲み過ぎだぞ?」
「るさいなぁ、サエが悪いんじゃないか!僕を犬なんて言うからッ」
「い、犬だっていいじゃないか…かわいいんだから」
 
ぴた、とグラスを傾ける手がとまる。
あまり周りを褒めないサエが、かわいいと言った。
犬のことだろうが、犬のような僕にむけた言葉だと思ってみればそれだけで嬉しさを感じる。
 
「…ま、犬はかわいいよね」
「うんうん、あの懐っこさとか。淳もまあ懐っこくて可愛いけど」
「はぁ?」
 
ふと横を見ると、サエの顔は赤かった。酒は僕の5分の1くらいしか飲んでいないのに。
照れているんだろうか?男に『かわいい』って言って。
 
「照れてんの?くすくす」
「う、うるさいな淳。いいから食べろよ」
「はいはい。すいません、焼鳥くださーい。つくねを山盛り!」
 
そのあとは特に気まずくなる事もなく、夜は更けていった。
そして終電も無くなった帰り際、サエが呼んだタクシーに乗り込んだ。そのとき手渡されたのは万札。
 
「あ?いや、交通費出せってのは冗談で…」
「いや、俺が勝手に呼んだんだから。すいません、●●まで」
 
けっきょく押し切られ、タクシーのドアが閉まった。
小さくなるサエの姿を見ながら、ガラにもなく寂しさを感じる。
と、その時だった。
 
〜♪♪♪
 
携帯が鳴る。サエからのメールだった。
それを開き読むと、つい笑いが零れる。
 
「返信、どうしたものかなぁ…」
 
 
 
[from]サエ
[subject]あのさ

俺、一緒にいるなら絶対犬派。
犬っぽいのも犬も、大好きだからU^ェ^U
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