Master & Servant


 面白くない。

 最初はそんな感情にすぎなかった。
 『戦闘機』だから、という理由で可愛がってもらえる。
 戦闘に勝った時、褒められるのはオレじゃない。
 渚先生に認めてもらえるのは、渚先生が期待しているのは。

 奈津生だ。

 オレは必要ないのか?
 『サクリファイス』だから、という理由でオレはここにいるのか?
 そして誰にも褒められる事なく、無関心のままで放置させられてるのか?

 許せない。

 次に来たのは、怒りだった。
 戦闘で命令を出してるのは誰だよ?
 実際のダメージを、拘束を受けるのは?

 オレだよ。

 オレが奈津生のサクリファイスなんだ。
 もちろん、拘束なんてオレには無駄だけどね。
 痛くもないし、熱さ寒さも感じない。
 感じないだけで、実際には『痛い』んだろうけどね。
 そんなの別に気にしない。手当てはしないとダメだけど。

 前は。
 渚先生とふたりきりだった。
 サクリファイスとしての適性を確かめられてた。
 渚先生の目はオレを見てたし、他に邪魔するヤツなんていなかった。

 だけど、奈津生が来てからは変わった。
 渚先生は奈津生ばっかり構う。何か失敗するとオレが怒られる。
 知らなかった。
 渚先生があんなに楽しそうに笑う事を。あんなに本気で怒る事を。
 奈津生は見てたんだ、最初から。あんな渚先生をずっと見てたんだ。
 オレが見てたのは、仮の先生でしかなかった。




 渚先生の研究室には、色々な物が沢山ある。
 それは全部研究に関する事で、「絶対に触るな」と渚先生から言われてる。
 オレと奈津生は――『オレ達』と呼ぶことすらオレは嫌だ――初めて二人きりになった。
 呼び出した後に、用事が入って、待たされる羽目になったんだ。

 奈津生は貰った飲み物を飲んで大人しくしている
 オレは真似をするのが嫌だったから、 研究室をうろうろしていた。

「瑶二って、オレと話すのさけてるよね」

 不意に発せられた言葉は、オレの胸を抉った。
 なんでこんな時に。なんでこんなヤツに。なんでこんな言葉を。
 振り向いたオレは、奈津生の両目をしっかりと睨んで言った。

「お前だって話し掛けてこないじゃん。オレ別に仲良くしたいとか思わねーし」
「渚先生に、適性不可って言われるかもよ?」
「うるせーな! 大体お前は戦闘機だろ? オレの命令を聞けよ!」
「聞いてんじゃん。特に戦闘の時とかさ」

 そういう意味じゃない。
 返せよ。渚先生からオレを奪ったんだから、返せよ。
 オレと奈津生の関係は、オレが上でアイツが下なんだよ!

「……じゃあ、今、命令しても聞くのかよ」
「だって、瑶二はオレのサクリファイスだから。聞くに決まってるじゃん」

 とはいったものの何を命令するのか分からない。
 普通の人間なら痛めつける事もできるんだけど。
 奈津生はオレと同じゼロだから、痛みを知らないんだ。それじゃ意味ない。

「瑶二の命令って何?」

 楽しげに聞く奈津生の声が苛立たしい。

「……お前の体の一部を寄越せよ」
「はぁ?」
「だから! お前がオレの言う事を聞くっていう証拠みたいなもん寄越せよ。
 どうせ痛くないんだから問題ないだろ?」

 言い終わるまでもなかった。

 奈津生は……飲んでたストローを……引き抜いて笑って……。

「バカッ! 本気でやんなよ!」

 思わず叫んだけど遅かった。奈津生の右目は赤く染まって……。
 ストローって意外と丈夫なんだな、なんて関係ないことを考えてしまった。

「うわ、視界が急に半分になった。面白れー」
「面白いってなんだよ! あ、渚先生に頼めば、再生とか出来ないかな?」

 元々オレ達のを作ったのは渚先生だし、なんとか頼めば……。

「なんでそんな事すんだよ。瑶二がくれって言ったんだろ?
 他の場所がいいんだったら、最初からそう言えよな。だから右目で決定!」

 ぽたり、ぽたりと。
 奈津生の頬に幾筋もの血が流れて、服に跡をつけていく。
 それは、物凄く。

「スゲー綺麗……」
「だろだろ? やっぱ血って綺麗だよな。相手を切り刻むのって最高!」

 オレは手近にあったタオルを取ると、奈津生の右目の近くに、そっとあてた。
 たちまち真っ赤になってくるタオルを見て、二人で笑った。

「オレ達で色んなもん倒していこうぜ? 二人いれば最強だよ」

 奈津生に言われて、オレがしっかりと頷いた。今度は迷いもない。
 『オレ達』で勝っていくんだ。奈津生とオレと、ふたりで。



 ちなみに、完全に渚先生の事を忘れていたオレ達は、3分後に悲鳴を聞くことになる。