「中野倭。きちんと戦闘訓練を受けなさい」
「受けてまーす」
「嘘はいいのよ、嘘はっ!」
ヒステリックな渚先生の声が響く。
モニター越しだから全然迫力ないけど。それに服の趣味が悪い。
なーんでああいう、ふりふりひらひらな服着たがるのかねー。
あれが許されるのは10代までだと思うんだけどな。
私が今やってるのは、戦闘訓練のうちのひとつ。
――――痛みを感じない体で、どこまでが危険か判断する練習
なんていうのか、椅子に座ってあちこち機械をつけられるのよね。
で、目の前のモニターで繰り広げられる戦闘で、私は指示を出す。
私の『戦闘機』はモニター上に映っている、なんか変な物体。とりあえず人じゃない。
モニターの向こうの敵ももちろん反撃してくる。
それをくらいながら、どこまでが引き際かを確認する訓練。
「ちゃんと指示出しなさいよ! アンタさっきから負けてばっかりじゃない!」
……じゃないんだなぁ、これが。
もう一度正しく説明すると、痛みを感じない体を上手く利用して、戦闘する訓練って事。
渚先生の言う通り、今日の私はずっと負け続けている。
そりゃもう、ぼろぼろのぎたんぎたんにやられてる。
「先生ー、質問でーす」
「なによっ」
「先生の作った戦闘機が一流ならー、サクリファイスの命令はいらないと思いまーす」
「そんな事考えてたの、アンタって子は!」
ヒステリー、って言葉、昨日の国語に出てきたな。
多分、こういう状態を指すんだろうなぁ。
「いい加減にしないと、サクリファイスとして無能と見なすわよ」
「みなされるとどうなるんですかー」
「捨てる」
「!?」
途端にミミがピンと立った。捨てる? 捨てるってどこへ?
「ああ、別に殺したりはしないわよ? 孤児院かなんかに入れられて一生過ごすって事。
そっちの方がいいならいつでも言っていいわよ。というか言いなさい。」
「……真面目にやります」
「よろしい。では続きをやるわよ」
捨てられたくはない。捨てられたら『コウヤ』に会えない。
私が生まれた理由。生きている理由。戦う理由。
それは全部『コウヤ』にむけてのものだから。
『コウヤ』と会えないなら、こんな面倒な訓練、すぐにさぼっちゃうけど。
『コウヤ』もどこかで訓練しているんだろうか?
優秀な戦闘機となる為に。私を守る為に、渚先生に怒られながら、訓練しているんだろうか?
絶対負けさせないよ。ずっと一緒にいる為に、私は勝つ方法を見つけてみせる。
モニターを見ながら、次こそは勝ってやると姿勢を正した。
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「……先生、これでは勝てません」
私はモニターを見ながらそう呟いた。
ヘットフォンマイクをつけているから、それで十分声は届いているはずだ。
「江夜、今サクリファイスをちゃんとするようにしたから。
もう一回行くわよ。準備して」
「分かりました」
椅子は柔らかくて座りごこちはいいけど、機械を体のあちこちにつけられてる。
少しでも動いたら、コードが千切れるかはずれそうだ。
制服、皺にならないといいけど。着替えてから来れば良かった。
今日の訓練は、実戦を想定した模擬戦。モニター上だけど。
サクリファイスの命令に従って、私が攻撃する。それによってモニターの敵が拘束される。
ただそれだけの訓練。
「これは言葉(スペル)による戦闘である事を宣言します」
……なんでここからやるのか、よく分からない。
普通に、展開した後からでいいんじゃないだろうか?
「受けて立ちます」
淡々と言葉を告げる。マイクに届いていればいいわけで、大声は必要ない。
「フィールド展開」
私が守るべきサクリファイスは、私の後ろに立っているはず。
このモニターでは前しか映らないから、サクリファイスの存在は見えない。
でも、このヘッドフォンから声は聞こえる。
『攻撃して』
「絶対零度の氷を持って、広がる炎を制圧せよ!」
さっきとは違う、本気の声がヘッドフォンから響いた。
それに答える様に私の声も強くなった。
「幾千本の矢が放たれる……」
『防御!』
「防御します! 風速3百メートルの風に阻まれ、矢はここまでは届かない!」
機械じゃない。
なんとなくそう実感した。このサクリファイスは機械じゃない。
誰か本当の『サクリファイス』が私に指示を出してるんだ。
ヘッドフォンの向こうの『サクリファイス』はどんな人なんだろう。
的確に指示を出して来る。戦闘は5分もしないうちに終わった。
私のサクリファイスは、この人よりも優秀なんだろうか。そうだとしたらどんな人なんだろう。
「ご苦労様。今日の訓練は終わりよ」
モニターから解放された私は、ため息をつくと機械を外し始めた。
研究職員達がわらわらと寄って来て、「ご苦労様」と声を掛けながら機械を外していく。
……そう言う時は「お疲れ様」じゃないの? 私は貴方達より下?
疑問は口にせず、機械が外れた事を確かめて、椅子から降りた。
今日の訓練はこれで終わりらしいから、帰っても大丈夫だろう。
「……渚先生、帰ります」
「お疲れ様、江夜。明日もこれくらい頑張ってね」
「分かりました」
私は忙しそうな職員を背に、ドアを開けて退室した。
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「先生、勝ちました」
「最初から本気でやりなさい。そうすればこんなに時間を取らなかったのよ」
「すいません」
さっきの『孤児院』が効いていて、私の体はまだ震えていた。
寒くもない、痛くもないはずのこの体は、渚先生の一言で簡単に崩される。
「少し話があるから私の研究室まで来なさい。今すぐよ」
「はい、わかりました。
あの、先生。私はまだ『サクリファイス』として使えますか?」
「まぁ今のところはまだ見逃してあげる。代理のサクリファイスを作るのも楽じゃないのよ」
ふーっと長い息を吐いて、私は安心した。
まだ、繋がってる。まだ『コウヤ』と会える可能性は残ってる。
私の大切な、そして唯一の戦闘機と。
会話中に機械は外されていたので、私は椅子から降りて外へと出た。
廊下を歩いていると、同い年くらいの女の子が反対から歩いてきた。
黒髪で少し天然パーマがかかった利発そうな子。
廊下を歩いていると、同じ歳じゃないかと思うぐらいの女の子が扉から出てきた。
染めてるんじゃないかと思うほど明るい茶色の髪をした元気そうな子。
『あの子は戦闘機なんだろうか?』
『あの子はサクリファイスなんだろうか?』
すれ違う瞬間、お辞儀をしたふたりの目は確かに合っていた。
それは記憶に残らないほどかすかな出来事。